仏教について勉強できる映画

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こちら↓で日本の仏教を勉強するための映画を紹介しました。
日本の仏教について勉強できる映画 | イチゲ ブログ
今回は仏陀に関する映画を紹介します。
紹介する題材は、解釈がいろいろあると思うので、映画の原作、監修を参考にして宗派等ご確認ください。
知識のない私がYoutubeやChatGptに聞きたりしてまとめたので間違いも多いと思いますので、ご注意ください。
特にChatGpt、Bing等の生成AIは、自信満々に間違った答えを言うときがあるので注意してください。
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『手塚治虫のブッダ -赤い砂漠よ!美しく-』2011年『BUDDHA2 手塚治虫のブッダ -終わりなき旅-』2014年

2作品ともU-NEXT で見れます。
仏陀が悟りを開くまでの話です。
手塚治虫原作のアニメ化。大昔にまんがを読んで感動した記憶がある。

今作もとてもよかった。特に2作目。
手塚治虫が何をもとに書いたものかは分からないが、仏陀の教えのすべてがこれだと解釈するのは注意が必要だと思います。
原作の手塚治虫や歴史アドバイザー ひろさちやさんをはじめ監督、スタッフの解釈で作られたものであるということです。

というのも仏教といっても日本の仏教について勉強できる映画 | イチゲ ブログで紹介したように解釈がいろいろあるからです。

ポイントとなる内容だけ書きます。
アッサジという子が飢えた虎の子供を救うため自分を餌にする話が大きな役割を果たします。
これは「捨身飼虎」という物語がベースみたいだが、調べるといろいろな解釈がされている。

今作では「みんなつながっている」ということを仏陀に目覚めさせるきっかけになる話として使われています。
「みんなつながっている」というのは「こころの宇宙 般若心経」2011年で見た「色即是空、空即是色」のことだと思う。

その部分のセリフを抜き出した。(天の声が吉永小百合感がすごいので吉永小百合と表記しました😊)
吉永小百合(天の声)「アッサジはオオカミに食べられるために生まれたのです。命がつながっていることをあなたに伝えるために。」
仏陀「アッサジは私に自然界のことわりを教えるためにオオカミに食べられたのですか。」
吉永小百合「そうです。生きることは他の命の上に成り立っていること。生きるために、それを食べることは自然の摂理だということ。おなかがいっぱいになれば無益な殺生をしないということを。
人間だけが無駄な殺戮や無意味な争いを続け、そこから多くの苦しみを生み出している。

アッサジは予知能力があり自分がいつ死ぬかを知っている。日々平穏にくらし、いざその時がきても恐怖におののくこともなく、ひょうひょうと食べられるのである。
この話、食われる運命を受け入れなければならないという結構トラウマになる話だと思う。
仏陀も凄惨な現場を目撃してうろたえていた。しかし結局、それが原因で悟りに至った。

この件で肉食について気になったので関連事項をChatGptに聞いた。

「いただきます」は仏教の考え方とも深く関係していますが、日本文化の中で独自に発展した感謝の表現でもあります。仏教には、食事における命に対する感謝の思想があり、これが「いただきます」の意味に影響を与えています。

仏教では、すべての生き物の命に価値があるとされており、動物や植物も人間と同じように命を持つ存在として尊重されます。このため、仏教徒は食事の際に「生き物の命をいただく」ということを認識し、感謝を捧げる習慣があります。特に日本では、仏教の影響を受けた精進料理(肉や魚を避ける菜食料理)の伝統があり、「他の命をいただくことへの感謝」が重要視されています。

このような仏教の影響を受け、「いただきます」という表現には、動植物の命への感謝や、調理に携わった人々への敬意が込められるようになりました。ただし、現代では仏教的な意識を持たずに「いただきます」と言う人も多く、文化的な習慣として定着している面もあります。

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『釈迦』1961年

『釈迦』はU-NEXT で見れます。
手塚治虫のブッダとストーリーが全く違った。
釈迦 (映画) – Wikipediaを見ると「釈迦の生涯における逸話には諸説がある」と書いてある。
また大映社長の永田雅一が熱心な日蓮宗徒と書いてあるし『日蓮と蒙古大襲来』も作っているので
日蓮宗的要素が強いのかもしれない。
どちらも主人公(釈迦、日蓮)のカリスマ性が強調されている。
そういった意味で、ベンハーのキリストみたいな描かれ方だった。
映画としては監督が三隈研次なので美術はいい。またインドが舞台の話を日本人が演じていたが不思議と違和感がなかった。
ただ映画自体はカリスマ性重視で退屈。
手塚治虫のブッダは物語のメッセージ性が強かったので、手塚治虫の仏陀や下のリトル・ブッダのほうがおすすめ。
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『リトル・ブッダ』1993年

『リトル・ブッダ』はU-NEXT で見れます。
輪廻転生を描いた作品。昔視聴したときは途中で挫折した記憶がある。
今回は、仏教についていろいろ見てきたので面白かった。というかとてもいい作品です。
仏陀の生涯も並行して分かりやすく描かれています。
とはいっても今まで見てきたものと微妙に異なっています。(諸説ありということですね)
悟りを開く部分と、その後しばらくはよく分からない話でした。
ここは仏教の核心部分だと思うので難しいです。
チベット仏教が日本の宗派と、どう違うかは分からないし同じことを言っているかもしれませんが難解な部分は日本の宗派のほうが馴染み深いので理解しやすいかと思います。
最後に般若心経が出てくるので「こころの宇宙 般若心経」を見ると理解が深まると思います。

高僧の生まれ変わりの子たちは、その後どうなったのか疑問が出ました。
雰囲気的に確認とれたら、その後は自由意志で高僧になる道を選ぶか、
全く別の人生を歩むか干渉しない雰囲気でした。
高僧は現生に一人というわけではなく
悟りを開いた(?)高僧はたくさんいて、
その生まれ変わりもたくさんいるということだと思いました。
また前世が高僧でなくても現生で悟って高僧になる人もいるかもしれません。
何しろ優しい雰囲気だったので、高僧の生まれ変わりだからといって強引に高僧にさせられる感じではなかったです。

高僧の生まれ変わりと解脱について疑問に思ったのでChatGptに聞いた。

「輪廻転生」と「解脱」は、主に仏教やヒンドゥー教の教えにおける重要な概念です。

輪廻転生

「輪廻」(りんね)とは、生きること、死ぬこと、そして再び生まれることを繰り返すサイクルを指します。仏教やヒンドゥー教の教えによれば、魂は何度も生まれ変わりを繰り返すとされ、この一連の生と死の連続が「輪廻転生」です。このサイクルは「カルマ」(業)の影響を受け、前世での行いが次の生の状況や形を決めるとされます。良い行いを重ねると良い転生につながり、悪い行いが重なると悪い転生に結びつくとされています。

解脱

「解脱」(げだつ)は、この輪廻のサイクルから完全に抜け出すこと、つまり生まれ変わりを繰り返さずに「苦しみ」から解放されることを指します。仏教では、輪廻は苦しみの原因とされており、このサイクルを超えることが究極の目標とされています。解脱に達することで、魂は永遠の安らぎを得ると考えられます。仏教ではこれを「涅槃」(ねはん)と呼び、煩悩や苦しみから解放された状態とされています。

まとめると:

  • 輪廻転生は、生と死を繰り返すサイクルのこと。
  • 解脱は、そのサイクルから抜け出し、永遠の安らぎと解放を得ることです。

両者は、魂の存在とその変遷に関する深遠な教えであり、人間がどのように生きるべきかを考える重要な視点を提供しています。

解脱したら輪廻転生はしないのかな?

はい、仏陀(ブッダ)は解脱を成し遂げたため、輪廻転生のサイクルから完全に抜け出しました。仏教の教えでは、仏陀は悟りを開き、「涅槃」(ねはん)という究極の安らぎと解放の境地に達したとされます。これにより、仏陀はもはや生死のサイクルに戻ることはなく、苦しみから永遠に解放された存在とされています。

解脱した者は、カルマの影響を受けることがなくなり、煩悩や欲望に縛られることもなくなるため、二度と輪廻転生を繰り返すことはありません。これは仏教における最も高い悟りの境地とされ、多くの仏教徒が目指す理想です。

日本の場合、映画で見たような輪廻転生はあまりスポットが当たっていない感じがします。
六道輪廻とかお盆とか、死後の世界観は、ごちゃごちゃして混乱します。

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